伝半


手ぬぐい


「これ、良ければどうぞ。私が使った後のものでよろしければ」
朝、井戸に顔を洗いに行くと、山田先生が困っていらした。
顔を洗ってから、手ぬぐいを持ってくるのを忘れた事に気付いたらしい。
「あぁ、助かる。ありがとう」
山田先生は顔をゴシゴシと拭くと、洗って返すよ、と私の手ぬぐいを丁寧に懐に仕舞った。
「私はいくつも持っているので、よかったら貰ってください」
私は笑顔になった。

私土井半助は、山田先生こと、一年は組の実技担当山田伝蔵が好きなのだ。

「あのねぇ、アンタ…もう少し身の振り方を考えなさいよ?」
山田先生は、私と寝るたびにこんな事を言う。
私の為のような体を装ってはいるが、その実、彼の頭の中は奥さんの事でいっぱいなのだ。
私は本当に腹がたって、悲しくて、毎日一回、奥さんを頭の中で刺してしまう。こればっかりは、想像の中の事なので許してほしい。
女で、しかも綺麗で、さらに山田先生の奥さんなのがいけないのだ。

一緒の部屋でテストの採点をしているとき、ふと悲しくなる。
私は生徒ではないので、寂しくても山田先生には甘えられないのだ。
そんな時、彼は空気を読んで寝てくれることもあるが、終わるとさっさと自分の布団へ戻ってしまう。
本当に薄情な人。

今回の長期休暇の始まる日、山田先生は久々に家に帰るのだと少し早めに学園を発った。
いつもは二人ぶんの部屋で、一人でいると不思議な心持ちになるものだ。ぐるっと部屋を見渡すと、綺麗に畳んだ布が山田先生の机の上に置いてある。
私の差し上げた手ぬぐいだった。
悔しくって、腸が煮えくり返りそうに腹立たしくて、それ以上に悲しくて、私はいい年をして泣いた。
本当はそれをビリビリにひきちぎりたかったけれど、実際にはそっとそれを手にとって、懐にしのばせる事しか出来なかった。

頭の中では、今日二度目に山田先生の奥さんを刺した。

悔しい。